6月には入って暑い日と雨の日とが繰り返しています。
植物たちはググッと成長しています。

来られている方々も周りからの刺激を元に
理論を知りたい、自分でアレンジしたい、アドリブしたい
等とまた違った方向へと枝葉を伸ばそうとしています。

さてさて、学校の勉強もそうかもしれませんし
物事の理論や理屈を知ることの意味は

・考えの筋道を立てることが出来る。
・余計なこと考えなくて良くなる。

です。

このケースのときはこうすれば良いと理論によって判断したり
組み立てていくことが出来ます。
理論はツールとして使っていくことが出来ます。
それはレゴ・ブロックのようなものです。

組み合わせたり積み上げることによって
強固にしたり飛躍することが出来ます。

ですから知っていると便利です。

また考えなくていい範疇を知ることが出来ます。
考えるということは同時に考えなくていい要素を知ることで
正しく焦点を絞ることができます。

今、文章で何度か「考える」と書きましたが
理論はツールですのでそれを使っていることは
「考える」とは違うのかもしれません。
状況に応じて理論で処理をしているだけともいえます。
考えなくてすむためのツールが理論です。

考えるとは分からないもの見えないものに対して
全ての感覚を駆使しながら見えないものを見ていく作業のような気がします。

手探りの中から見出し会得していくことかもしれません。

こちらも音楽にせよ何かを行っていくうえで大切なことだと思います。
理論の様に知っている、、知らないの判断が付きにくい分
気付きにくいですがこちらを苦手としている方は結構います。
触れるという中から手触りのちょっとした違いを学ぶことは
とても必要なことです。

ツールを使うのが得意な方、ツールに振り回されがちな方
総当り的に行ったり、ABテストを繰り返しながら見出していく方が
得意な方色々あると思います。

音楽の触れ方も色々あります。

流行のアウトドアでたとえれば
沢山のツールを使うキャンプもあれば
少ない道具で工夫を愉しむキャンプもあります。

どこまでツールに依存しないか、どこまでツールを使いこなせるか
は実は同じ能力かとも思います。

自分で模索し考えることが出来るので既存のツールを使うことが出来る
既存のツールを足場として使うことによって考えることに到る。

両方を使いながら音楽って何だろうという問いに向かっていくのは
面白いことだと思います。

僕は考えることが好きです。